ibaibabaibaiのサイエンスブログ

サイエンス中心の予定ですが,何を書くかわかりません.統計とかの話はこっちに書くつもり. https://sites.google.com/site/iwanamidatascience/memberspages/ibayukito  ツイッターは@ibaibabaibai

プリオン補足

専門性の高い方からと思われるブックマークのコメントに

>正常に畳まれかかった蛋白質が、凝集体の端に引っかかって解かれながらくっついて一部になっていくイメージで、「自己増殖」とか「感染」とかいう感じではない。シート状に畳む方が互いにくっつき易くなるのでは。

というのがありました.「単独のタンパク分子の立体構造が他の分子が自分と同じ形状になるように自己触媒する」というのではあまりにも不思議なので,凝集体関係なのかなあ.と漠然と思っていたのですが,下の記事を見ても,やはりアミロイドなどの凝集体が伝染力を持つという感じなのですね.それでも十分不思議なような気がしますが.

酵母プリオンタンパク質のオリゴマー形成過程が感染強度を決定 | 理化学研究所

「伝染」するのが凝集体だと何となく「第2の生命」みたいなイメージは減ってしまう気もしますが,ケアンズ・スミスの異端の生命の起源説(構造を自己複製する粘土が最初にあり,それが核酸に情報をエンコードする能力を獲得した)を思いだす人もいるかも.

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3つめの記事でいきなりこんなPVの数になるとは思わなかったのですが,もっと勉強します.明日は,これ Rare Event Sampling and Related Topics III でたんぱく関係の方に会うので,いろいろ教えてもらえるかもしれません.

専門の方に間違いや怪しいところを指摘していただくにはコメント欄をあけておいたほうがよいのかもしれませんが,こんな数のPVは10年たっても再現しないかもしれませんし,もう少し様子を見ます.もちろん,見る人が10人でもなるべく正確に書かなければいけないのですが.

追伸

「猫のゆりかご」というのに反応している方がかなりいましたが,これは残念ながら.私のオリジナルの表現ではありません.氷の研究をしていたことがあるので,自分でも独立に思い付いたのですが, ice nine, prion で検索したら出ました.というか,wikipediaのice nineみるとプリオンの説明があるのをいま発見した.
Ice-nine - Wikipedia, the free encyclopedia

「雨の日は傘を回そう」の答

そういえば「雨の日は傘を回そう」の答を書くのを忘れていた.

傘を離れた雨粒は図のCの方向,すなわち接線方向の前方に飛ぶのである.

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「力の働かない物体の速度は一定」というニュートンの法則の通りである.

もちろん空気の抵抗はあるが,それは理想的なCとの差として現れるので,強い風がなければ,Aのように正反対に飛ぶことはない.Bと答えた人は「遠心力」について何か誤解している.

週末も天気が悪いようなので実際に試してみてほしい.

・・しかし,実のところ,理屈も実験もOKでも.こうやって書いていて,何だか不安になってくる.みなさんはそんなことはないのだろうか? 雨が降ったらまたやってみようっと.

プリオンなんて嘘だと思ってた

はじめはプリオンなんて信じなかった.

だって話が出来過ぎではないか.たんぱく質の1次元配列は同じでも,その折りたたみの形状が複数ある.みんながAという折りたたみ方をしているときに,それよりちょっとだけ安定なBという形状のものを入れると,それが自己触媒的に伝わっていき,とうとう全部がBになってしまう.

これだけで,統計物理だの非線形科学だのに興味を持っている人間にはツボとしかいいようがない.たとえば,結晶を作るときに「種」を入れると,それまで「偽りの安定状態」にあった過飽和溶液から急速に固体が出現する.こうした正のフィードバック現象は,こうした学問に携わる者の心の底に棲みついている.それが突然思ってもみなかったふうに登場したのである.

しかも,プリオンには「ストレイン」という系統のようなものがいくつもあって,たとえば系統Bに感染すると全部が系統Bに,系統Cに感染すると全部が系統C,という風にになるという.素直に考えると,複数の形状があってそれぞれが正常型Aが自分と同じになるように自己触媒的に働くことになるが,そんなの本当にアリなのか.

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「信じるには面白すぎる」というわけで,いまはなき「科学朝日」がプルシナーを批判的に扱っていたことも影響して,なかなか信じられなかった.もっとも,自分は常温核融合もSTAP細胞も信じなかったので,どうやら何でも信じない体質らしい.

そのうち色々な実験が出て,ノーベル賞も出て,認めざるを得なくなってきた.それでも,第2の防衛ラインとして「プリオン的な形状の自己触媒的な伝搬がアルツハイマーやその他の身近な病気に関係がある」という説には抵抗した.そういうことを言えばお金が出るに決まっているではないか.故に信じがたい!

しかし,どうもそれも違うようだ.それどころか,ここ十数年から2,3年の動きからすると,たいへんな話になってきた.アルツハイマーだけでなく,パーキンソン病ALSも多系統萎縮症もピック病も,みんなタンパク質が間違った形に折りたたまれる(ミスフォールディング)ことと,それに続く凝集体の形成が根本にある.そして,その立体形状(あるいは凝集体の形状)は,自己触媒的に脳内,さらに体内を伝搬していく.こういうストーリーが,すごく確からしくなってきたのだ.

もともと「プリオン」というのは,ヤコブ病や動物のプリオン病の原因になる特定の膜タンパク質をさすが,こうした動きを受けて「異常な立体形状を伝搬させるモノ」というふうに,言葉自体が一般化されつつあるらしい.

一般的にいって,基礎的な科学や数学で概念的に面白いことが,われわれの実人生・実世界でも大事なことは,むしろ珍しいと思う.概念的な素敵さに魅かれるならば,多くの場合「すごく面白くてちょっと役に立つ」か「ちょっと面白くてすごく役に立つ」のどちらかで満足しなくてはならない.そういう意味でも,いま起きていることはたぶん例外的にすごいことなのである.私たちの体は「猫のゆりかご」だったのだ.

筆者のような素人にもインパクトがある結果をひとつ挙げると,タウたんぱくがミスフォールドしたものからできた凝集体を試験管の中でいろいろ作って,人間のタウたんぱく(ミスフォールドしやすい変異を導入したもの)を発現させたネズミに注入する研究がある.3種類の凝集体を注入することで,3種類(アルツハイマー,CBD,ピック)の人間の病気の脳内で見られる凝集体にそれぞれよく似たものがネズミの脳内にできるそうだ.どうもあの件以来,光ってる細胞の写真をみるとみんな怪しく思えるのだが,本当ならとても興味深い話だ.
Like Prions, Tau Strains Are True to Form | ALZFORUM

知的な意味ではすごいのだが,自分の体の問題としてはちょっと怖いことでもある.ヤコブ病などの元祖プリオン病では,病気の進行は速く,症状があらわれてからは週単位で進行することもある.しかし,他の病気,とくにパーキンソン病などでは,体内のミスフォールディングの連鎖は年単位,ときには10年,20年かけて進行する.

そう思うと,自分の体の中のことが不安になってくる.初期に知る手段がまったくなければともかく,ある種の寝言や便秘などの何気ない症状が関係している可能性がすでに指摘されている.思わず「さっきお金目当てだとか言ったのは取り消します! 白衣の科学者助けて!」という気持ちになる(少なくとも筆者はそう思う).みんなもそうだとすると,おそらくこの先,学問的にも社会的にも大きな盛り上がりがあるのではないか.

* * * * *

(おまけ)

ウィルスのことを「生物と無生物の間」と表現するが,ウイルスは自分だけで自己複製できないだけで,核酸に記録された遺伝情報はそれなりに持っている.われわれと同様の機構で自己複製のための情報をコードしているのであって,それが不完全なだけである.

これに対して,プリオンの立体形状(凝集体という可能性もあるのか?)が,それによって引き起こされたミスフォールディングを支配するという場合には,情報のコードの仕方がまったく違っていて,「不完全な生命体」ではなく「まったく異質の自己複製機械が通常の生命のシステムに乗っかっている」ということになる.

もちろん,プリオンが「子孫」に伝える情報というのはほんのちょっぴりであって,どんな単純な生命体にも比べられるものではないが,それでも概念的には画期的なことである.「なんらかの仕方で情報をコードして伝えていくシステムで本質的に違うものはいくつあるか?」の答は,現在では「普通の生命体」と「プリオン的なモノ」の2種類ということになる.

そこで妄想してみる.実は「そういうモノ」は無数にあるのかもしれない.地球が生まれてから,そうした「一般化された意味での生命」が興亡を繰り返して,現在繁栄している「生物」はそのひとつに過ぎないのかもしれない.あるいは,そういうものは現在もあって,まったくロジックや素材が違うために,われわれは気づかないということもありうる.

これは,人工生命や複雑系の立場からすれば,特に新しい問いではないだろう.また,ことによると「ケアンズ・スミスの粘土生命起源説」なんかを思いだす人もいるかもしれない.ただ,新しいのはプリオンストレインという実例が目の前にあることであって,いうまでもなく,例がひとつとふたつでは全然違うのである.

利己的な毒キノコ

生物の話もいろいろあるが「群淘汰は起こりにくい」という原理は知っておいて損はないと思う.これによって,ずいぶん多くの疑わしい説明から逃れることができる.

具体例として猛毒キノコを考えてみよう.毒で受動的に身を守ることの問題点は,毒が廻ったころには,キノコは食べられてしまってあとかたもなくなっている,ということである.毒キノコでいちばん危ないのは,環状ペプチドを毒性物質として持つタイプのものだが,この場合には,初期症状のあといったん症状が治まる.すこし間隔をあけて強烈な肝障害が発現するが,食べた動物が斃れたころには,食べられたキノコは思い出の中にしか存在しないことになる.それでは毒はいったい何の役に立つのか.

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夕食にキノコが出たら,この話を振ってみるといい.「食事中に毒キノコの話をするな」などと怒り出す無粋な相手でなければ,おそらくは次のような説明が帰ってくる.

食べられたキノコは助からないが,それで毒があるということがわかれば,
次回からは同じ種類のキノコはもう食べられることはない.
食べた動物が死んでしまっても仲間が見ているかもしれない.
個体のレベルでなく「種」のレベルで毒性が役に立っているのだ.

「群淘汰は起こりにくい」という意味は「この種の説明は,普通思われているのと違って,かなり特別な条件下でないと成り立たない」ということである.淘汰の単位は個体,あるいは個体の持っている遺伝子であって,「種」や「群」ではないのだ.

なぜそうなるのか? 毒性の進化の過程を考えてみる.たくさんの同じ種類のキノコがあって,その中にちょっとだけほかより毒が強くなる遺伝子を持ったものがあるとしよう.その遺伝子が他より高い割合で生き残るためには,それが生存のために有利でなくてはならない.しかし,そのためには「同じ種類の他のキノコ」に役立ってもダメなのである.なぜなら,仲間のキノコは,その遺伝子の大部分は犠牲になって食われてしまったキノコと同じだが,肝心の「ちょっと毒を強くする」部分は共有されていないからだ.ある特性をもたらす遺伝子自身に見返りがないと,その遺伝子は積極的に生き延びることはできない.

逆に毒が強いキノコばかりになった状況を考える.中に1本だけ毒がちょっと弱くなる遺伝子を持ったのがいるとする.この個体の毒を弱くする遺伝子は子孫を持つ可能性が下がるだろうか? いやそんなことはないだろう.そもそも,自分の毒が効き目を発生する状況では,自分はおしゃかになっている可能性が高いのである.もっと助けあえ,といってみても無駄で,高い毒性を維持するコストに見合うだけの利益がなければ,だんだん毒の弱いほうに進化してしまう.

この理屈がこれ以外のいろいろなことに適用できるのは明らかだろう.もちろん例外もあって,たとえば,ある集団全体が同じ遺伝子を持つ場合である.この場合は自分の遺伝子を守るのと同じなので自己犠牲的行動がみられる.いわゆる血縁淘汰で,働き蜂が犠牲になって女王蜂を守るというのが有名な例である.

さて,猛毒キノコは血縁淘汰の結果なのだろうか? 筆者はキノコの専門家ではないので,最新の説に通じているわけではないが,おそらく違うらしい.どうやら,環状ペプチドを持つキノコの毒が本来倒したい相手は,ケモノや人間ではなく,キノコバエの幼虫のようなのだ.幼虫はキノコの中をゆっくり食べ進んでいくので,数日かかる毒でも,食べられる前にやっつけられる.そして,幼虫のほうも毒性に抵抗するように進化するので,エスカレートした結果,猛毒になってしまったらしい.人間のキノコ中毒はその戦いの巻き添えということになる.

ここで単に疑わしい説明から逃れただけでなくて,そこから新しく面白い世界が開けることが大事だと思う.科学はけして非常識ではないが,単なる常識でもないのである.常識にとどまっていては折角の面白い問題を見落としてしまうかもしれない.

* * * *


群淘汰については沢山の人が誤解しているようなので,つい説明したくなってしまうが,生態学が専門の方もこのブログを読んでおられると思うと,釈迦に説法で恥ずかしい気がする.恥ずかしいついでにお願いすると,もし誤解している人がいたら,みなさんの一番得意な例で良いので説明してあげてほしい.よくわからないが,これは,科学とは何かを考えるのに大事な例のような気がするのだ.

雨の日は傘を回そう

科学は常識の延長ではない.

たぶん,そのいちばん身近な例はニュートン力学だろう.摩擦だらけのこの地上の世界で,力が加速度に比例し,力の加わっていない物体はそのままの速度で直進するのが本来の姿,などどはゆめゆめ思い付くことではない.

ニュートン力学を体で感じてもらうにはどうすればいいか.大昔に看護学校で物理の授業をしたときは,ドライアイスを配ってみた.ご存知の通り,ドライアイスは摩擦がなくてよく滑る.これで「力の加わっていない物体は等速直線運動をする」を実感してもらおうというのである.結果は,みんなで遊びだして大騒ぎになり,収拾がつかなくなったけれどorz

いまいちばんお気に入りの例は,傘回しである.雨の日に,傘を柄の回りにぐるぐる回したときに,骨の先端についた水滴の飛ぶ様子を観察してみる.さて,飛ぶ方向はA,B,Cのどれか,というのが設問である.

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かなり多くの人が間違えるみたいで,やってみても自分の目が信じられないという人もいる.答えは自分で試してみてほしいが,よほど強風でもない限り,A,B,Cのうちで「真空で無重力の状態でニュートンの運動法則から期待される方向」に見事に飛ぶのが見られる.

この例は本で読んだのではなく,自分で気づいたのだが,実は自分の目がどうも信じられなくて,雨の中を歩いているとき,時々試してしまう,ニュートン力学はよく理解しているつもりなのだが,やっぱり妙な気がする.