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ibaibabaibaiのサイエンスブログ

サイエンス中心の予定ですが,何を書くかわかりません.統計とかの話はこっちに書くつもり. https://sites.google.com/site/iwanamidatascience/memberspages/ibayukito  ツイッターは@ibaibabaibai

「なぜ雌と雄があるか」をめぐる問題のまとめ

「配偶子の対称性の破れ」だけが「なぜ雌と雄があるか」の生物学だと思われるとバランスを欠くので,もう少し全体像について書いておくことにする.

こんな受験勉強は嫌だ

前回のブログを書くために検索していたら,こんなのをみつけた.

center.miggy.jp

生物で受験したことがないのだが,うむむと思った.授業や教科書では,後で述べるようなことが説明されているのかもしれないが,ここだけ聞くとちょっと勘弁である.「アオミドロ」と「ネンジュモ」と「クラミドモナス」についての細かな事実を覚えさせられたら,みどろが沼から念仏しながら坊さんが出てくる夢をみそうな気がする.

まあ,いろいろ過ぎ去ったあとの眼からみると,暗記モノというのは妙に懐かしいものでもある.内田百閒は酒席で芸をやらされそうになると,直立不動でマレー半島の産物を連ねた口上を演じたそうだ.自分も片づけをしていると「クリボイログ!クリボイログ!」という声が頭の中ですることがある.ロシアの鉄鉱山の名前なのだが,地理の試験で暗記させられたのだ.どこかで洗い物をしながら「ネンジュモ ネンジュモ アオミドロ♪」なんて歌ってる人もきっといるのだろう.

生物を暗記科目にしないために

大人の感傷はともかく,生物学が単なる暗記モノになるのは避けたい.それにはふたつの方向がある.ひとつは,実地にいろんな生き物に親しむことで,アオミドロにせよ何にせよ,実物と仲良くした上で,特徴を知れば,それは楽しさが違ってくる.

もうひとつ,全く逆に,問題をより抽象的視点から眺めることも推奨したい.教授会で「もう少し抽象的にわかりやすく説明してください」と言った数学者の話は有名だが,人間の中には実感を重んじる気持ちと同時に,なんらかの一般的なストーリーを組み立てたい欲求もある.

前回論じた「雌と雄の起源を配偶子から考える」という大きなストーリーがあれば,上のリンクに出てくる内容は全く違ってみえてくる.たとえば「クラミドモナス」は「同性の配偶子は接合しないが配偶子は同形」という興味深い事例なのである.

「生物」の名誉のために言っておくと,ほかの科目も大同小異の面は否めない.自分が高校に入ったとき,重力加速度が地上では物体に一定であることを論じる前にその数値が出てくる教科書をもらって,目が点になったことを思いだす.数学の教科書のほうでは,行列の掛け算が意味不明のまま一次変換の前に出てきた.ああいうものを書く著者は「人間は意味がわからなくても規則には従うものだ」と思っているのだろうか.

有性生殖をめぐる問題を切り分ける

そういうわけで,ここでは「有性生殖をめぐる問題」について,理屈の側からのアプローチを紹介しよう.誰しも「なんで女と男がいるんだろう」と漠然と考えたことはあると思う.しかし,この問題を分析してゆくと,ずいぶん数多くの違う問題に分かれることがわかる.

a.有性生殖のメリット
b.性別の存在
c.性別の数
d.性の非対称性
e.雌と雄の比率(性比)が1:1である理由
f.発生過程で性別が決まる仕組み

おそらくこれでもまだ足りなくて,抜けている項目を指摘されそうだ.

以下,順番に説明してゆくが,実のところ,こういう「問題の切り分け」ができたこと自体が理論的に考えようとしたことの最大の成果かもしれない.

「子供を産まない性」の無駄

まず,一番の根本である a.「有性生殖のメリット」からはじめよう.

この場合の「有性生殖」の本質は「遺伝子の交換」ということである.もう少し詳しくいうと次のようになる.多くの生物は2倍体といってDNAの乗っている染色体をペアで持っていて,子孫のそれぞれはそれのどちらかを受け継ぐ,この段階でも染色体レベルでの組み合わせは色々できる,しかし,単にそれだけではなく,一定の確率で,対になる2本の染色体がある部位から互いに繫ぎ替ってしまい,新しい遺伝子の組み合わせができる.これを「交叉」という.突き詰めれば,本当の「性行為」はこの交叉現象なのかもしれない.

「新しい遺伝子の組み合わせができる」というと,そりゃあ,いいことが色々ありそうだと思うだろう.しかし,問題はデメリットのほうなのだ.アオミドロのように単にくっついて遺伝子のやりとりをするのなら簡単で,少しでもメリットがあればやったもん勝ちかもしれないが,もっと本格的にやりだすと大きな無駄が生じる.

「なるほど俺はエッチなことばかり考えてて仕事ができんわ」  いやいや,問題はそこではない.「雄の存在」自体が最大の無駄なのである.雄を製造するにはコストが必要だし,食物や空間などの制限があるとした場合,雄もそれらを消費してしまう.ところが,雄は子供を生んでくれない.

いや,すごくしょぼい雄をごく少数製造してそれで誤魔化せばいいじゃん,と思うかもしれない.そういう生物もいるが,多くの場合,いったん雄と雌を作ってしまうと,両者は同じくらいの数量を占めがちなのである.これについては,あとで性比のところで簡単に触れる.

それでどのくらいのデメリットがあるかというと,大雑把な数字としてよく出されるのは,雄の分がすべて無駄と考えて「世代ごとに2倍損」という説である.これは自分のコピー(クローン)の雌だけを無性的に生み続けるミュータントが出現したとすると,有性生殖組に対して,10世代で1024倍,20世代で1048576倍に増えることを意味する.

すなわち,効き目の遅い効果では駄目ということになる.5世代とか10世代で大挽回できないと間に合わない.20世代,30世代たってから「うむ.いずれこういうこともあろうかと思って地道にセックスを続けてきたのじゃ」と言おうとしても,その頃にはもう有性生殖組は影も形もなくなっている.

そこで,この問題は天下の難問ということになって,多くの賢人が知恵を絞ることになった.世間に流布されている説には「病原体から身を守るため」というのがある.確かに,疫病は数世代のうちに襲ってきそうだし,生物にとって普遍的なものだろう.遺伝子が均一化した生物が病気で一気に滅びた例が実際にあることも,この説のもっともらしさを増している.ほかに「壊れた遺伝子の修復に役立つ」という説などもあるが,いずれにしても,どれが正しいかの検証は容易ではない.

性別と性の数

次に,b.性別の存在であるが,これは有性生殖とは一応別の問題で,有性生殖はするが「どの相手とも遺伝子を交換できる」ということは可能である.自分自身と交配しないためにはなんらかの性別(接合型)があったほうが便利だと思うが,自分と交配しない方法はそれ以外にもあるだろう.

d.性の非対称性はまた別の問題で,前回も触れたように,性別があっても対称(同形配偶子)という生き物もいる.

性別があるとしても,c.性別の数がちょうど2つかどうか,というのは,さらにまた別の問題である.

自分が大学院生のころ,ゾウリムシには「シンジェン」という接合型が沢山あると聞いて興味を持ち,研究会に専門家を呼んでお話を聞いたりした.しかし,これは結局は2種類に大別されて,その間でしか接合せず.それ以外にもっと条件がある,という話だったと思う.これだと「2つの性」のバリエーションのような気がして少し残念だった.

種とは何か?:シンジェンと種進化

その後,ツイッター「多数の性を持つ生物が発見されているらしい」と教えてもらった.前の記事でも触れた岩波「科学」2014年7月号に「生殖様式の多様性とその起源」(河野重行・大田修平)という記事があり,それによると真正粘菌と担子菌という全く違う生物で多数の交配型を持つものが見つかっているという.それぞれ,3つ及び2つの遺伝子座があって,そのすべてが異なる型でないと交配が起きない.遺伝子座に「代入」される遺伝子が複数種類(後者ではほぼ無数)あるということで,かなり複雑である.

「性の数」に関する理論としては,たとえば,
Iwasa Y, Sasaki A, Evolution of the number of sexes.
Evolution 41, 49-65 (1987).
PDF → http://bio-math10.biology.kyushu-u.ac.jp/~sasaki/HP/pdf-paper/Evolution1987.pdf
がある.プレプリントで読んだはずだが,内容はほとんど覚えていない.ある種のモデルでは,中立安定性という性質が成り立って,その場合は雑音でふらふらするうちに性の数が減っていってやがて2つの性になる,という部分だけなんとなく記憶にある*1.この解析では,性の数だけでなく性決定の遺伝子も関係してくるが,一種のぐー・ちょき・ぱー型のシステムなども調べられている*2

外惑星の探査が行われて「タイタンでは3つの性が普通」とかいうことになれば,この分野も大流行りになるかもしれないと夢想するのだが.

性比

ちょっと疲れてきたが,まだ大物が残っている.

e 雌と雄の比率(性比) が1:1である理由は,ここにあげた中で最も古く,そして有名な「答」がある問題かもしれない.それを最初に言ったのが「最尤法」とか「フィッシャー情報量」とかで知られているR A Fisherだというのも,人によっては意外に感じるだろう*3

人間の場合に性比がかなり正確に1:1になる(しかも生まれる数は男がやや多く成人する頃に同じ数になるようになっている)ことを昔から不思議に思った人はいるようだが,むしろ意外なのはゾウアザラシとかハーレムを作るような生き物でも,性比が1:1に近くなることが多い点である.ハーレムというとうっとりする人もいるかもしれないが,実際には大部分の雄はあぶれるという悲惨な状況でもある.そんなことになるなら雄の数は減りそうなのに,そうはならないのは何故なのか.

フィッシャーの説明は簡単で要点をついたものである.もし雄が少なければ,雄のほうが配偶相手を得やすくて得になるから,雄になるように仕向ける遺伝子(というのがあるとして)は集団中で増えるだろう.どこまで?というとチャンスが同じになる点,つまり生殖年齢で性比が1:1になるまで増える.逆もまた真であって,1:1はいわば戦略上の均衡点になる.

重要なのは,この説明はゾウアザラシにも当てはまることで,その場合,雄は「あぶれて子孫なし」になる可能性も大きいが「ハーレムの主になって子孫たくさん」になる可能性もあって,期待値でいえば一夫一婦制と同じになる.

雌の場合は,リスクはずっと低くなるが,子孫を残す期待値は(性比が1:1なら)雄と同じである.各遺伝子を持つ個体が十分たくさんあれば,大数の法則が適用できて,やはり性比は1:1が均衡点ということになる.

どうやって検証するか?

この話を検証するにはどうしたらよいか.そもそも科学の理論というのは,思い付いたもとになる話だけを説明してもダメで,「間違う可能性」のあるような新しい話に応用してテストしなければならない*4.いまの場合,単なるメカニズム(性決定の機構と染色体の分かれ方がランダムであること)でも1:1の性比が説明できてしまうような気もするので,なおさらこれだけでは物足りない.

テストするためには,1:1から性比が変わるような例がほしい.それもできれば,長い世代を経るうちに変わるのではなく,環境条件などで目の前で適応的に変わってくれる例があれば,すごくうれしい.そんな例が本当にあった,というのがこの話の面白いところである.

まず,性比を1:1からずらす戦略が有利になるケースだが,たとえば,兄弟姉妹で固まって住んでいて,かなりの割合が近親交配になるケースがあげられる.もし100%近親交配するなら,遺伝子は同じなのだから,その集団として結果が最良になるように振るまえばよい.すると,雄の有利さ,雌の有利さを別々に考える意味はなくなって,雄はちょびっとだけいれば十分だということになる.がんばって考えれば,近親交配の度合の関数として最適の性比を求められそうである.

そんな例が実際にあるかどうか疑わしいと思うだろう.しかし,そこで「寄生蜂が青虫に卵を産んで,ふ化した兄弟姉妹が同じ虫の上で暮らして交配する.しかし,他の蜂が同じ青虫に卵を産む場合も環境に依存する確率で起こる」というような例を出してくる人がいるのである.あるいはイチジクの実のなかに幼虫が住む蜂とかも候補になるらしい.生物学者が本気になったときのオタク度は半端ではない!

しかし,最適戦略を個体ごとに実現できなければ,簡単に観察できないからダメである.親が状況を判断して性比を決められる,なんてことがあるのだろうか.いや,あるらしい.精子をしまっておいて受精させるかどうか母親が決め,それで性別がきまるという仕組みなのだそうだ(おそらくそれを知っていて昆虫の例を探したのだろう).

さて,テスト用の実例の候補は見つかった.最適戦略の数式も開発した,そして最後に残ったのは・・ そう,野外で青虫を追い回して,その上にいる雌と雄の数なんかを勘定するという簡単なお仕事である(この話を聞いて思ったのは,もし万一生物学者になるなら,部屋で数式をいじるほうの役になろう,ということである).

こうして,詳細はいろいろあると思うが*5,一見すると実行不可能に見える理論の検証にともかく成功したのである.すごいなあ.

「科学は間違えうる」は努力目標

ニセ科学は間違わないし,宗教も間違わない,間違うことができるのは科学の崇高なる特性である」.これはとりあえず正しい認識であって,それで科学を特徴付けようというのがポパー反証主義である.

しかしながら,上の話でみるように「科学は間違えうる」と言える背後には,しばしば,ほとんど奇蹟的な検証の努力があることを忘れてはならない.

この解説で紹介した学説の多くは,どうやって検証・反証したらよいのか難しくて,厳しい人なら「科学もどき」と切り捨てるかもしれない.しかし,世の中はむしろ「早く科学になりたぁあーい」とうめいているような話に満ちているのであって,その中で右往左往するのも現実の科学者の姿の一部だと思う.「科学は間違える!」と悦に入るより,「間違えられるように努力している・・」と小声でつぶやくほうがいい.

仕組みの議論

最後に,f 発生過程で性別が決まる仕組みだが,先に引用した岩波「科学」の特集号でも,解説のかなりの割合がこれに割かれている.おそらく,このなかで,いま一番旬の話題なのだろうと推察される.

ゲノムを扱う手法が発達すれば,それを用いて結果の出そうな部分が進歩するのは科学として自然なことである.おそらくその中から,古い問題への新しい視点があらわれてくるのかもしれない.

(おまけ)昔の思い出と最近の話

本棚を探したら「数理科学」の30年前の「生物の性と進化」の号が出てきた.当時のオールスターキャストがわかって面白い.いちばん上に「オスはメスを護るべきか」とあって,当時はそれでも「クールな視点だなあ」という感じだったが,最近の血なまぐささから考えると大人しいものである.

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こちらは前回から引用している岩波「科学」の「愛と性の科学」特集.表紙の絵が可愛い.内容は知らないことばかりですごいと思う反面,これでは読者は全体像がつかめないのではないか,とも思う.冒頭の編者の文はよくまとまっているが,1枚では不足で4枚から6枚で各区分や各論文の紹介も含めたのが欲しいし,各区分の冒頭の論文にそこのオーバービュー的な役割を持たせて・・とかいろいろ考えてしまうのだった.最近やっている「岩波データサイエンス」の仕事も,ジャンルは少し違うが「どうやったらもっと編集委員がコミットして本を作れるか」というのが動機のひとつなのである.

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*1:新しい性遺伝子が出現すると.過渡的に多数の性もありうるわけである, 著者の1人の佐々木顕氏は2004年に同じ「Evolution」に続編のようなものを書かれていて,上の「科学」にも引用されている(未見).Publications: AKIRA SASAKI  なお,佐々木氏にはむかし学位論文を送って頂いたことがある.現在,総研大におられるようだが,長い間お会いしていない.

*2:これは統計数理研究所におられた伊藤栄明氏あたりの影響もあるのかもしれない.

*3:実際にはダーウィンのほうが先に言っているという話もある.

*4:統計科学や機械学習でいう交差検証法(CV)と同じ理屈である.

*5:理論を適用する際の問題のひとつは,理論の予言する性比が実際には「個体数の比」でなく「生殖年齢までに育つまでの投資額の比」であるという点である,雌と雄のサイズの差がある場合などでは,評価に不定性が増える.