ibaibabaibaiのサイエンスブログ

サイエンス中心の予定ですが,何を書くかわかりません.統計とかの話はこっちに書くつもり. https://sites.google.com/site/iwanamidatascience/memberspages/ibayukito  ツイッターは@ibaibabaibai

はしか物語(4+5) 成人麻疹体験記

最後に,麻疹のサイエンスを面白がっていたら,自分が罹ってしまった,というお話.麻疹の発症数はその後急激に減っているので,いまでは珍しい体験ということになるかもしれません.長くなったので前後編に分けます.

初夏6月,謎の病気になる

最初の兆候は筋肉痛だった.いや腰痛だったかもしれない.

体を使った覚えがなかったし,以前にインフルエンザになったときのことを思い出したので,ジムに行く前に体温を測ったら熱があった.これが,謎の病気のはじまりだった.

その後のことは,もう15年も前のことで記憶がはっきりしないが,症状ごとに思い出すことを書いてみる.

熱はいったん下がるかのように思えて,他の症状が出たあとで,また上がった.再度上がったあとも上下が激しく,解熱するときは奇妙な快癒感があって,ふわりふわりと体が浮くような気がする.

厄介なことに季節が6月だった.ずっと以前に夏型過敏性肺炎というカビのアレルギーになったことがあり,その症状(突然の発熱)が始まるのが6月末なのである.転居して以来,症状は出なくなったのだが,咳が出だしたり,目がかゆくなったりした*1こともあり,かなり後までその再発の可能性を疑っていた.

次に発疹.熱が出て寝ているときに,耳の下の皮膚が微妙にかゆくなり,触ってみるとなにか出来ているように思えた.全然大したことはないように思えたので,試しに塗り薬を顔半分だけに塗って,効くかどうか比較してみたりして遊んでいたのだが・・ それがはしかの発疹の出始めだったのだ.

やがて発疹が本格的になって,また新たな心配が起きた.実はその1年半ほど前に大腸検査で腸に口内炎のようなアフタが点在するのが見つかっていた.10年以上もたって,それは難病のクローン病の初期病変だったとわかるのだが,当時は別の難病のベーチェット病を疑っていた.疑ってはいたが,あまり症状が出てこないので,そろそろ違うのじゃないかと思い始めたところだった.

しかし,発熱ととも発疹ができたのでは,アヤシイと思わざるを得ない.ちなみに発疹は手のひらにもできた.「手のひらにもできる発疹」で調べると・・梅毒.いやそれは違うと思うぞ.

はしかの発疹を生検するというのは,あとから考えるとおかしいのだが,本気でベーチェット病などを疑っていたので,皮膚科で切り取って調べた.

先生「ここから取りますか」
私「ううむ,ティピカルなところを取らないといけませんね.ここは?」
先生「いいけど顔だからさ」
・・しまった俺の顔だった!

そして極め付けは口内炎.麻疹の特徴とされるコプリック斑は,どの解説にもあるように,数日で自然に消えてしまうのがふつうである.私の場合は全く普通ではなかった.消えるどころか無数に増えて,歯茎や頬の粘膜を覆いつくしたのだ! これはかなりレアなケースだと思われる.

ベーチェット病を疑っていた私が動転したのも無理はないところである.ただ,なんとなく普通のアフタ性口内炎とは違う気がしていた.最初はあまり痛くなくて,上に粘膜が被っていて,あとから破れるみたいなのだ.アフタ性口内炎は(ベーチェット病口内炎も同じだと思うが)最初から赤くてさわると激イタで,それから白くなる.

ここまでのまとめ

・症状

鼻水,結膜炎,咳
発疹(耳の下からはじまる)
口内炎(頬の内側,歯茎に多発)

・鑑別
夏型過敏性肺炎
ベーチェット病
なんらかのウィルス感染症

行った病院は,ベーチェット疑いで受診していた大学病院のリウマチ・膠原病科と,そこから紹介された同じ病院の皮膚科.ほかにかかりつけの耳鼻科にも相談した.

耳鼻科の先生はウィルス感染症を疑っていくつか抗体検査をしたが,そこには麻疹は含まれていなかった.皮膚科の先生は当然疑ったらしいが,後頭部のリンパ節が腫れていないことで,違うのでは,と思ったようだ(だいぶ後になって画鋲を頭にねじ込んだように硬く腫れて痛んだ).私もネットで「コプリック班」を検索するまでは行ったが,そこまでだった.母親は「はしか」というのが頭をかすめたが,怒られると思って黙っていた.と後で言った.みんなで,はしかのまわりをぐるぐる回っていたように思える.

お見事

無数の口内炎でたまげたので,膠原病内科の先生に再度受診した.診察日でなかったと思うが,外来に出てきて下さって嬉しかった.

さっそく「先生エライことです」といって口を開けてみせると,しばらく眺めて「これは違いますね.ベーチェットではありません」 ・・なんでわかるのかというと,ふつうのアフタ性口内炎やベーチェットの口内炎は2個が接近すると合体して融合する.ところが私のは融合していない.なるほど~~

ちょっと安心したが,まだ病名はわからない.もう一度皮膚科で診てもらうのがよいだろうということで,先生が親切に電話をかけてくれた.

まだ残っている皮膚科の若い先生が診てくださるとのことで,皮膚科に移動. 

皮膚科の先生「えーと,これから私がイチから虚心に質問しますから答えてください」

おおお,何かシャーロックホームズみたいになってきたぞ.

質問が始まって,一所懸命に答える私.

ようやく終わって,先生

「あなたは麻疹にかかっている可能性が高いです」

・・おもわず「お見事」と小さく呟いてしまった.


こうして,ようやく診断はついたが,この後に大変なことが待っていたのだ.

入院

あとで聞いてみると,その年は麻疹の当たり年で,皮膚科病棟にはすでに麻疹患者がたくさん入院していたという話である.そうすると,さっきのシャーロックホームズは実は先生の小芝居で,最初からはしかに決まっていると思っていたとか・・とちょっと考えたが,ともかく正しい診断がついて有り難かった.

成人麻疹だしウロウロして人に伝染させるのも何だというので,入院決定.そのころはまだ父母がいたので「家族に電話しに下に行きます」といったら止められてしまった.なんだが「凄い感染力のある伝染病患者だが大抵の人には無害」という謎のポジションの人になってしまった.病室も個室に入ってくれということに.

(注記)これは当時の実感をあらわしたものですが,実際には免疫を持たない人も多く,麻疹が病院の待合室などで簡単にうつるほどの感染力を持っているため,深刻な問題になっています.はしかを心配して病院やクリニックに行くときは,必ず事前に電話連絡をして対処をお願いするようにしてください.もちろん待合室だけでなく,電車やエレベーターでもうつりますし,簡単なマスクでは十分な効果がないようです.

それまでも咳が出ていたが,病室に行く途中で妙に息苦しい「酸素の足りない感じ」がして,「あれっ,これは過敏性肺炎のときに似ている」と思ったが,胸部レントゲンには問題がないとのこと.

困った患者

無事入院して安心 ・・かと思ったが,その晩はつらい状態に.

まず,水下痢.これは麻疹ウイルスが腸に行ったせいだと思われるが,とうとうおむつ状態に.もうひとつ困ったのは,酸素飽和度を測るパルスオキシメータを付けられたのだが,これの警報が夜中鳴るのである.看護師さんが毎回来て止めるのだが,そんなには心配していないようだ.低酸素血症で警報って,ヤバくないのか?

それで,朝になって「呼吸器内科を呼んでくれ」「CTを撮ってくれ」と叫ぶのだが,反応が芳しくない.ここが正念場と思って,再三要求すると「呼吸器を呼ぶならまず(動脈血酸素分圧をはかるために)動脈血を取らないと」と.

思わず(皮膚科で動脈の採血とか滅多にないよな?大丈夫か?)と思ったが,勢いがついているので「いいですよ」と言ってしまう.言ってから後悔したが,実際には手際よく麻酔して腕の動脈を刺して,何の問題もなかった.

しばらくして,呼吸器内科医が来たが,胸の音だけ聴いて,問題なさそうだし,CTを撮る必要はないとの由.

病室の入り口から覗くと,先生は帰りにナースステーションに寄って何やら話している.困った患者だということになったのかなあ.

騒いで正解だったらしい

ところが,しばらくして看護師さんが来て「CTを撮るので来てください」と.あれれ?

車いすでなるべく人の近くによらないようにしてCTの部屋へ.当時はまだ2cmとかの厚めのスライスで,息とめもけっこう大変だった.

部屋に戻ってしばらくすると,皮膚科の担当の先生が説明に来た.

実は,呼吸器の先生が来たときは,まだ動脈血酸素の結果は出ていなかった.結果が出たら,異常に低い値なので,急きょ方針を変更してCTを撮影した.CTのイメージでは2cmのスライス1枚だけに,白い影が見えた.肺炎の初期像の可能性がある.

それだけの影で,低酸素というのは普通ではありえない.「画像に見合わない低酸素血症」ということになる.理由としては,これから画像上にもっと広範囲の変化があらわれる寸前の姿をとらえたということが考えられる.

その後は,いきなり総力戦になった.「厚木も入間も全部上げろ!」という感じだ.

まずは酸素吸入である.次にガンマグロブリンと抗菌剤の点滴.麻疹ウィルスによる肺炎と2次感染による細菌性肺炎の両方の可能性があるが,鑑別している余裕はないので両方同時に対処というわけだ.「セフェム系はアレルギーあるかも」と申告したので,抗菌剤も2剤.合計3種類を順に点滴に入れる.

どうせなら混ぜて全部いっぺんに入れたら?とまた余計なことを聞いてしまったが,これは素人考えで,アレルギー反応などが起きたときに困る.それでも急ぐために2+1に分けて落とすことになった.

ガンマグロブリン血液製剤なので,万一のために製造番号を聞いて,その控えはいまでもどこかにある.

この日だったか,次の日だったか,夜に主任の先生が回ってきて,いろいろ慰めてくれてありがたかった.

あとは順調に回復

そのあとは,とりたてて何も起こらず,順調に回復して,1週間前後で退院となった.

肺炎がわかってから説明に来た先生が「麻疹肺炎の死亡率は文献によると2%から70%です」(正確な数字は忘れたが,確かそのくらいの幅があった)と大真面目で言うので困った.当時はエビデンスということが言われはじめたばかりだったので,説明の仕方も慣れていなかったのだろう.見舞いに来た友達にそれをそのまま言ったところ,なぜか高いほうの数字だけが伝わって,えらく心配されたのを覚えている.

この病院の個室はメニューが違って,かなり豪華な献立だということを知った.よその病院でどうかは知らない.その後クローン病で別の病院の個室にしたこともあるが,どっちにしても,その病名ではトンカツとかを食べるわけにはいかない.

短い入院だったが,一夜,隣の部屋の患者が危篤になって,家族が深夜に詰めかけて,とうとうなくなった.びっくりしたが,その頃はもうだいぶん治っていたこともあり,さほど自分の身に引き寄せて考えることはなかった.40歳で父母が存命だと死はまだまだ遠い世界だ..

皮膚科は女性医師の割合が多い.チームで入院患者を診るというシステムだったが,リーダーの先生だけ男性で,ほかの数人は女性だった.回診は華やかな感じで,皮膚科に入院した特典のような気がした

回診のたびに,先生たちが,酸素飽和度でなく,酸素分圧で話をするので困った.しょうがないので,頭の中で線形の補間式を作って換算しようと試みたが,さっぱりわからなかった.家に帰って調べると,酸素飽和度と酸素分圧は直線関係にないことを知った.生物の勉強はしておくべきものである.

https://nursepress.jp/212091

麻疹に罹ると自己免疫疾患がよくなることがある?

これで体験記は終わりだが,ちょっと余談.

前にも書いたように,麻疹ウィルスは感染した人のリンパ球や関連した臓器に感染し,免疫系をひどく破壊する.これは,潜伏している結核などの疾患を再活性化させることもある一方で,免疫系が暴走して自分の体を傷つけている場合には,病気をよくする可能性があるかもしれない.

原論文は確認していないが,「腎臓の病気であるネフローゼ症候群が,麻疹に罹ったあとでしばしば軽快する」という話がウェブのあちこちに載っている.「大昔には意図的にそれを使ったネフローゼの治療法が提案されたことがある」というのも,どこかで読んだ記憶がある.

クローン病はどうだろう.成人麻疹になる何年も前から腹具合が悪くなることがあったが,その1年半くらい前に腸にアフタが多発していることが発見された.しかし,そのあと何年も悪化することはなく,それから10年以上もたって,特定疾患クローン病であると診断された.とても進行が遅かったような気がするが,もしかして,成人麻疹になったのが「効いた」ということはないだろうか.

クローン病では免疫調節薬を使ってTリンパ球の減少を狙った治療が行われる.また,レミケードなどの抗TNF抗体も,Tリンパ球の破壊を通じて効果を表わすと考えられている.そう考えると,因果関係の立証は無理としても,麻疹が荒療治になったのでは,という気もしないではない.2度はできない「治療」なのだが.

もうひとつ

もうひとつおまけ.

退院後に,顔の皮膚の生検の結果を聞きに行った,

すると,先生が怪訝な顔をして,検体から微小な肉芽腫が検出されたが,はしかでそういう話は文献にもないし・・と言われた.

反射的に「検体の取り違えってことはないですよね」といったら,先生は椅子から飛び上がったが,同じ日に似た検査をした人はいないことがわかった.

肉芽腫といえばクローン病に特徴的な症状である.腸のアフタはクローン病の可能性もあると知っていたので「もしや俺の顔はクローン病」と一瞬考えたが,すぐに「ないない」と打ち消した.

ずっとたってクローン病と診断されて,それを思い出した.もし,あれがクローン病がらみであれば,一般に,クローン病患者の見た目健康な皮膚を生検すると肉芽腫が出たりするのではなかろうか*2.何となく気になっている.

*1:正確にいうと,後者は過敏性肺炎の症状ではないが,まるで何かに感作されたようであった.実際は麻疹初期の結膜炎症状だったと思われる.

*2:皮膚のクローン病変というのは存在するが,かなりレアでかつ重症なものである.