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ibaibabaibaiのサイエンスブログ

サイエンス中心の予定ですが,何を書くかわかりません.統計とかの話はこっちに書くつもり. https://sites.google.com/site/iwanamidatascience/memberspages/ibayukito  ツイッターは@ibaibabaibai

個別性を選ぶということ ー プリーモ・レーヴィとオリヴァー・サックス 

プリーモ・レーヴィと「周期律」

プリーモ・レーヴィの「周期律」が本棚に見当たらない。どこにやったのか憶えていないが,アマゾンで調べたら,もう新本は買えないみたいだ。

「周期律」は大変風変わりな短編小説集である。作者は本職の化学者で、各作品ごとにある元素がテーマになっているのだが、その内容がマニアックすぎるのだ。そういうと、軽い筆致の読み物とか、あるいはSFとかを想像するかもしれないが、全くそうでないところがすごい。

プリーモ・レーヴィは収容所経験のあるユダヤ人作家で,この短編集にも,ナチ時代の陰鬱な空のもとで日常を送る人々の心の綾を描くような作品が多い。一口にいえば地味で重厚な作風なのだ。それと絡んでくるのが専門的な化学の話なので、その組み合わせが独特の世界を作っている。

個々の作品のあらすじが簡潔にまとめられているサイトを見つけたので、リンクしておく。blogs.yahoo.co.jp

小説「カリウム

以下では「カリウム」という短編を少し詳しく紹介しよう。これから読む人もいると思うが、ネタバレしたら興味がなくなるような作風ではないので、あまり問題ないかと思う。

カリウム」の舞台はナチス時代の大学である。繊細な描写が続くが、そこを全部省いて要点だけにすると、化学を学んだ若者が、たまたま理論物理の若い先生のところに移って、先生カッコいいし物理に変わろうかな、と心が揺らぐ話ということになる。

それが、ある事件をきっかけに、化学者としての自分に目覚める、という結末だが、渋いのはその事件の内容だ。金属ナトリウムの代わりに金属カリウムを使って実験したら爆発しちゃった、という話なのだ。

爆発したことによって、自分の生きるべき世界は、ナトリウムとカリウムが等価であるような普遍志向の世界ではなく、その違いがリアルであるような実験化学の世界だ、という悟りに達する。それがとてもシリアスに重厚に描かれている。

医学や生物であれば、体内でのナトリウムイオンとカリウムイオンの働きがまったく違うのは当たり前で、それでは話が成り立たない。ここでは、有機化学の実験(たぶん脱水の目的)で,両方ともアルカリ金属周期表でも1行違いの上と下だし、一見すると平気なように思えるのが、実はぜんぜん大丈夫でなかった、というのがポイントである。

「周期律」は基本的に私小説集で、創作も実体験もあるそうだが,「普遍に惹かれつつも個別を選んだ」のは作者の実体験だろう。自分は逆に、個別性に惹かれながら普遍を選んだ人間なので、この話には何となく心惹かれるものがある。

タングステンおじさん

先ごろなくなったオリヴァー・サックスは、脳科学や医学に関する読み物で有名だが、少年時代は化学マニアで、将来の化学者を夢見ていたらしい。その時代のことを書いた本が「タングステンおじさん」で、彼の著作の中でも異色の作品となっている。

www.amazon.co.jp


アルカリ金属の話もあって、素人はⅠ族はみんな銀色だと思っているだろうが、実はセシウムだけは表面の酸化皮膜の関係で微妙に金色を帯びている、という記述が印象的だった。放射性でないセシウムが話題になることは滅多にないし、ひとつ上のルビジウムも同様だと思う。

この本の結末というか、最後に著者が化学への興味を失って医師の道を選ぶところがまた興味深い。著者は量子力学の話を聞いて、自分の愛した化学の時代は終わったと感じたらしい。実際にはそんなことはないと思うのだが、彼はそう感じたようだ。そういう時代の人だったのか、と思うと同時に、彼もまた個別を愛した人だったのだと思う。そして、そこの注釈には、もちろんプリーモ・レーヴィの「カリウム」が引用されているのである。

今日では考えにくいかもしれないが、化学は物理学の及ばない一段深い世界とされてきた。そこに若い物理学者たちが無遠慮に「普遍」としての量子力学を持ち込んで解き明かしてゆく。基本的に自分はそれをカッコいいと思う側の人間だと思う。

それにも関わらず、自分の中には個別を愛する面があって、それが今の仕事につながっているのかもしれない。


(おまけ)アルカリ金属を水に入れてみる動画

Youtubeをみると「いろんなアルカリ金属を水に投げ込んで比較する」という動画がいくつもあって面白い。リチウム→ナトリウム→カリウムルビジウムセシウム原子番号が大きくなるほど反応性が高くなるというのは化学のテキストに出ているが,実際にルビジウムセシウムでやってみる機会は滅多にないだろう(それに,ナトリウムだって危険だが,こいつらは実際マジで危ない)。派手なのと真面目なのと両方の例を貼っておく。

www.youtube.com

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なお,セシウムといっても,ここで出てくるのは放射線を出す同位体ではないし,この実験と放射能は全然関係ないので念のため。