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ibaibabaibaiのサイエンスブログ

サイエンス中心の予定ですが,何を書くかわかりません.統計とかの話はこっちに書くつもり. https://sites.google.com/site/iwanamidatascience/memberspages/ibayukito  ツイッターは@ibaibabaibai

プリオンなんて嘘だと思ってた

はじめはプリオンなんて信じなかった.

だって話が出来過ぎではないか.たんぱく質の1次元配列は同じでも,その折りたたみの形状が複数ある.みんながAという折りたたみ方をしているときに,それよりちょっとだけ安定なBという形状のものを入れると,それが自己触媒的に伝わっていき,とうとう全部がBになってしまう.

これだけで,統計物理だの非線形科学だのに興味を持っている人間にはツボとしかいいようがない.たとえば,結晶を作るときに「種」を入れると,それまで「偽りの安定状態」にあった過飽和溶液から急速に固体が出現する.こうした正のフィードバック現象は,こうした学問に携わる者の心の底に棲みついている.それが突然思ってもみなかったふうに登場したのである.

しかも,プリオンには「ストレイン」という系統のようなものがいくつもあって,たとえば系統Bに感染すると全部が系統Bに,系統Cに感染すると全部が系統C,という風にになるという.素直に考えると,複数の形状があってそれぞれが正常型Aが自分と同じになるように自己触媒的に働くことになるが,そんなの本当にアリなのか.

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「信じるには面白すぎる」というわけで,いまはなき「科学朝日」がプルシナーを批判的に扱っていたことも影響して,なかなか信じられなかった.もっとも,自分は常温核融合もSTAP細胞も信じなかったので,どうやら何でも信じない体質らしい.

そのうち色々な実験が出て,ノーベル賞も出て,認めざるを得なくなってきた.それでも,第2の防衛ラインとして「プリオン的な形状の自己触媒的な伝搬がアルツハイマーやその他の身近な病気に関係がある」という説には抵抗した.そういうことを言えばお金が出るに決まっているではないか.故に信じがたい!

しかし,どうもそれも違うようだ.それどころか,ここ十数年から2,3年の動きからすると,たいへんな話になってきた.アルツハイマーだけでなく,パーキンソン病ALSも多系統萎縮症もピック病も,みんなタンパク質が間違った形に折りたたまれる(ミスフォールディング)ことと,それに続く凝集体の形成が根本にある.そして,その立体形状(あるいは凝集体の形状)は,自己触媒的に脳内,さらに体内を伝搬していく.こういうストーリーが,すごく確からしくなってきたのだ.

もともと「プリオン」というのは,ヤコブ病や動物のプリオン病の原因になる特定の膜タンパク質をさすが,こうした動きを受けて「異常な立体形状を伝搬させるモノ」というふうに,言葉自体が一般化されつつあるらしい.

一般的にいって,基礎的な科学や数学で概念的に面白いことが,われわれの実人生・実世界でも大事なことは,むしろ珍しいと思う.概念的な素敵さに魅かれるならば,多くの場合「すごく面白くてちょっと役に立つ」か「ちょっと面白くてすごく役に立つ」のどちらかで満足しなくてはならない.そういう意味でも,いま起きていることはたぶん例外的にすごいことなのである.私たちの体は「猫のゆりかご」だったのだ.

筆者のような素人にもインパクトがある結果をひとつ挙げると,タウたんぱくがミスフォールドしたものからできた凝集体を試験管の中でいろいろ作って,人間のタウたんぱく(ミスフォールドしやすい変異を導入したもの)を発現させたネズミに注入する研究がある.3種類の凝集体を注入することで,3種類(アルツハイマー,CBD,ピック)の人間の病気の脳内で見られる凝集体にそれぞれよく似たものがネズミの脳内にできるそうだ.どうもあの件以来,光ってる細胞の写真をみるとみんな怪しく思えるのだが,本当ならとても興味深い話だ.
Like Prions, Tau Strains Are True to Form | ALZFORUM

知的な意味ではすごいのだが,自分の体の問題としてはちょっと怖いことでもある.ヤコブ病などの元祖プリオン病では,病気の進行は速く,症状があらわれてからは週単位で進行することもある.しかし,他の病気,とくにパーキンソン病などでは,体内のミスフォールディングの連鎖は年単位,ときには10年,20年かけて進行する.

そう思うと,自分の体の中のことが不安になってくる.初期に知る手段がまったくなければともかく,ある種の寝言や便秘などの何気ない症状が関係している可能性がすでに指摘されている.思わず「さっきお金目当てだとか言ったのは取り消します! 白衣の科学者助けて!」という気持ちになる(少なくとも筆者はそう思う).みんなもそうだとすると,おそらくこの先,学問的にも社会的にも大きな盛り上がりがあるのではないか.

* * * * *

(おまけ)

ウィルスのことを「生物と無生物の間」と表現するが,ウイルスは自分だけで自己複製できないだけで,核酸に記録された遺伝情報はそれなりに持っている.われわれと同様の機構で自己複製のための情報をコードしているのであって,それが不完全なだけである.

これに対して,プリオンの立体形状(凝集体という可能性もあるのか?)が,それによって引き起こされたミスフォールディングを支配するという場合には,情報のコードの仕方がまったく違っていて,「不完全な生命体」ではなく「まったく異質の自己複製機械が通常の生命のシステムに乗っかっている」ということになる.

もちろん,プリオンが「子孫」に伝える情報というのはほんのちょっぴりであって,どんな単純な生命体にも比べられるものではないが,それでも概念的には画期的なことである.「なんらかの仕方で情報をコードして伝えていくシステムで本質的に違うものはいくつあるか?」の答は,現在では「普通の生命体」と「プリオン的なモノ」の2種類ということになる.

そこで妄想してみる.実は「そういうモノ」は無数にあるのかもしれない.地球が生まれてから,そうした「一般化された意味での生命」が興亡を繰り返して,現在繁栄している「生物」はそのひとつに過ぎないのかもしれない.あるいは,そういうものは現在もあって,まったくロジックや素材が違うために,われわれは気づかないということもありうる.

これは,人工生命や複雑系の立場からすれば,特に新しい問いではないだろう.また,ことによると「ケアンズ・スミスの粘土生命起源説」なんかを思いだす人もいるかもしれない.ただ,新しいのはプリオンストレインという実例が目の前にあることであって,いうまでもなく,例がひとつとふたつでは全然違うのである.